春のショットガン
 2019-11-18(月) 記録はさいごにまとめてつけることにしました……。

1月14日(火)

 あけましておめでとうございます。生きていますが1月末まで動けないので、2月またなにか書きます。書きたいことはいろいろあります。いよいよ開設六年目のテキストサイトらしくなって参りました。


12月23日(月)
 M1グランプリ、ミルクボーイの一本目は本当に、2019年漫才年鑑みたいなのがあったら載せたいような傑作でした。ぺこぱは優しくて良いなと思いました。からし蓮根も結構、はねるところとか好きでした。かまいたちは面白いですがだんだん、本当に山内がこわいです。
 去年の霜降り明星から感じていた、(よく言われていることですが)お笑いの新しい波というか、時代が変わる潮目だなあ、というのを強く感じる大会だった、と思います。


 落語の、「あー寒ぃ、寒ぃ」て、なんなんですか。
 あの、袖に手を入れ、ちょっと前屈みになりながら、身体を揺らしつつ、「あー寒ぃ、寒ぃ」です。あれ、なんなんですか。いや、寒いなかを小走りに進む町人というのは分かります。理解できます。

 それにしても、「あー寒ぃ、寒ぃ」は怪しいと思います。江戸時代の人て、ほんとうにああだったのでしょうか。「あー寒ぃ、寒ぃ、おッ、そば屋だ。丁度イイさね」とか、ほんとうにそうなのか。
 私は江戸時代に詳しくありませんが、どうも信じられません。絶対、「はあ、寒い」とか、「……フー(ため息)」とかもあったはずです。それが決まり切ったように「あー寒ぃ、寒ぃ」型ばかりなのはいったい。

 また、落語家が「あー寒ぃ、寒ぃ」とやっていると、「江戸時代の人」と認識してしまうわけですが、私たちがたとえば友人に向かって「あー寒ぃ、寒ぃ」とやると「落語家」を表してしまうことがあり、それはたぶん、多くの人にとって「あー寒ぃ、寒ぃ」と言っているのは(姿を見たのは)落語家だったからであり、さらに現代の落語家にとっても「あー寒ぃ、寒ぃ」はむしろ落語家のものであり、こうなると、落語家というのは、「江戸自体の粋な人を演じている」のではなくて、「落語家(の落語)を演じている」のだと思いますが、落語家が落語を演じるのは当たり前で、でもなんだか変だと思いませんか。


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