日記2
 日記ログ トップページに戻る

2018年6月23日(土)
 いただいたコメントに返信いたしました。とても時間がかかり、申し訳ありません……。なるべく早めに。

 映画
 家でBSが映るようになったので、BSプレミアムの映画を結構見ている。前に見た『夕陽の群盗』はB級西部劇風タイトルで、しかし『クレイマー・クレイマー』のロバート・ベントン監督の作品だから一応見てみるか、と見てみたところ、意外とかなり面白かった。生真面目な家庭に育った青年が徴兵拒否をきっかけに、変なやつらと出会って人生がすっかり変わってしまう。『クレイマー・クレイマー』の監督らしく、丁寧な心情を写し取っていく展開は飽きないし、ちょっと寂しげな荒涼たる景色の映像も魅力的で、かなり面白い映画だった。なんでも見てみるものである。
 前の日曜には神戸映画資料館に行って、ピンク映画を3本見てきた。『真昼の切り裂き魔』『変態家族 兄貴の嫁さん』『白昼女子高生を犯す』の3本立て。
 『真昼の切り裂き魔』は滝田洋二郎監督の作品で、内容も、結構ええーというストーリーで楽しかったのだけれど、いちばん驚いたのは、切り返しのシーンだった。「カットバック」という手法が映画にはあって、まず正面から男性を映す。男「じゃあね」。今度は正面から女性を映す。女「じゃあね」。繋げてみると、「男女が向かい合って、挨拶を交わす」映像に見える。ドラマでも映画でもよく使われる手法である。これが、『真昼の切り裂き魔』では、同じように会話している男女が切り返して映されるものの、カメラが引いて二人が一緒の画面に入ると、彼らは屋上で横並びにしゃべっていただけだと分かる。つまり二人の目線は合っていなくて、同じ方向を向いているだけなのだ。これは「ああーっ」という感じで裏切られびっくりさせられた。この映画はほかにも実験的な映像が多くて、滝田監督の意欲と才気が伝わってくる。
 『変態家族 兄貴の嫁さん』は周防正行監督の作品で、全体が小津安二郎監督スタイルのパロディになっている。冒頭の筆文字で書かれるスタッフ紹介もそうだし、役・大杉漣さんの「兄貴」の父(70代の老け役を30代の漣さんが演じている)のしゃべり方もそうである。小津監督の映画は私は『東京物語』しか見たことがなくて、分かっていないところもあると思うのだが、それでも充分「うん――ああ……」のような相づち、もう実家に帰っても良いんだよ、という展開など「ははア」て感じで面白かった。女性の撮り方も美しい。
 『白昼女子高生を犯す』は広木隆一監督の作品で、ラストの唐突さがすごかった。青春ものっぽい軽妙な感じもあるけれど、独特の美学が見え隠れして、単純なものにはなっていない。喫茶店のマスターのアパートで、ダンスを踊るシーンは特に楽しかった。
 神戸映画資料館は新長田にあって、鉄人28号の等身大モニュメントも近くで見ることができる。さすがに大きい。広場の真ん中みたいなところに立っていて、子供が近くに自転車を置いたり、幼児がよじ登ろうとしたりもしていて、そういう町と人に溶け込んだ雰囲気はなかなか良かった。あと、駅前に鳩に餌をやらないで、みたいな看板が立っていたんだけれど、看板に「与えるエサ」と書かれて、点が描かれていた。エサなのか。

 読書
 三島由紀夫の『潮騒』を読んでいる。今月中に読み終われると良いなあと思う。『潮騒』、「何を怒っとったんや」「千代子さんのことや」「あほ」「何ともないんやね?」「何ともあらへん」みたいな会話もあるし、普通に恋愛小説なので面白い。けれどミシマを読んでいるという高尚さもあるので最高である。しばらく太宰治の短編を読んでいたせいで余計に思うけれど、三島由紀夫の文章はとてもかっちりして精巧で、すごい。太宰も好きだけれど、三島の文章も好きである。

 そのほか
 6月18日の地震は私のところはディランのCDが落ちたくらいでした。献血に初めて行ったら、A型でRhもプラスという、ザ・普通の結果でした。

 戸川春のコーナー
 献血中、小型テレビのようなものを各自見ることが出来て、お兄さんの隣の人はドラマ、反対の人はテレビショッピングとかのなか、お兄さんはデフォルトで競馬中継チャンネルだったので、春は、お兄さんは周りからそういう風に思われているのかなあと思いました。あと、お兄さんは新長田に新快速が停まると勘違いして、明石駅まで乗り過ごしていました。海がきれいだったそうですよ(笑顔)。
 最近、岩田宏さんの詩を読んでいますが、面白いです。
 
 まっかなコートで
 ウインドウの
 まっさおな光を
 体じゅう浴びている
 あのひとがぼくをみつけた

 (「土曜の夜のあいびきの唄」から)

 私はこの詩が好きです。やさしいと一緒に、かなしい感じもして良いですね、それではまた来週!


2018年6月30日(土)
 映画
 『OK牧場の決斗』
 ガッツ石松を思い出してしまうがOK牧場も、保安官ワイアット・アープも、彼を助けるドク・ホリデイも、彼らと闘うクラントン兄弟も実在して、決闘も本当に起きたそうである。その史実を映画化したもの。オーケエー・コーラル! みたいに歌い上げる主題歌が合間合間に挟まれるので完全に記憶に残る。バート・ランカスター、カーク・ダグラスの二大スター共演、中身もスケールが大きな西部劇で面白い。デニス・ホッパーが青年役で出ていて、やたら若くて格好良かった。
 『摩天楼はバラ色に』
 摩天楼と書いて「ニューヨーク」と読むタイトルからも想像されるように、田舎から都会に出て来た青年がビジネスに恋に活躍する、景気が良くて明るい話である。マイケル・J・フォックス主演。なんとかなっていくぜ、という展開は、それでいいのか、と突っ込みたくもなるが二時間退屈させないからまあこれはこれでなのだろうか。監督のハーバート・ロスは『グッバイガール』という作品も撮っており、ニール・サイモンの脚本が見事で、ハッピーで面白い。どちらかと言うと、こちらのほうが私は好きである。
 『いとこ同志』
 フランスの白黒映画。ヌーヴェル・ヴァーグの有名な作品で、対照的な性格のいとこ二人の数奇な運命を描いている。キャラクターも魅力的だし、(古?)本屋が出てくるし、フロランス役のジュリエット・メニエルはとても美しいしで非常に良かった。ただストーリーは暗くて、ラストもそうなのだけれど、全体的にちょっとやりきれない。シャルルが試験前日にフロランスを追い出すシーンがなんだか印象に残るなあ……。

 読書
 『潮騒』を読み終えた。万々歳という感じの終わり方で良かった。三島由紀夫の小説は整然としていて面白い。またなにか別の本を読み始める予定です。

 そのほか
 『ヴェリー・ベスト・オブ・ザ・スミス』(ザ・スミス)
 『ブロンド・オン・ブロンド』(ボブ・ディラン)
 などを買いました。

 戸川春のコーナー
 あつい。


2018年7月8日(日)

 映画
 『第十七捕虜収容所』
 ビリー・ワイルダー監督。ドイツにある米人下士官専門の収容所で起きたドラマチックな騒動を描く。食事に女性に飢え、競馬ならぬ競ネズミに熱狂したりする収容所での生活描写がまずは面白くて、おかしい。そこに「収容所内に隠れているスパイの正体は?」という物語が絡んで、スリリングで楽しめる映画になっている。戦争映画ではあるが、随所にユーモアの不思議な明るさが漂っていて重々しさはないし、ランプやチェスなど小道具を用いた演出も見事で、二時間あっという間に見た。
 『セント・オブ・ウーマン ~夢の香り~』
 マーティン・ブレスト監督。盲目の気難しい軍人は、名門校の苦学生をニューヨークへ半ば無理矢理連れて行く。それは軍人のある計画の一環だった――という、かなりワクワクする始まりの映画である。映像も、ゆっくりした風景(名門校)の描写から始まり、重厚な「良い映画」感の伝わってくるきれいなもの。タイトルは原題だと「Scent of a Woman」なのだけれど、アが抜かれている。ア。
 盲目の軍人を演じた、アル・パチーノがやはりすごかった。ちょっとした動作も、盲目での動きに見えるのである。さすがである。彼が偶然出会った女性とタンゴを踊るシーンは、美しかった。というかこの女優さんがかわいかった。私はそういうことしか言っていないな。でもかわいかったです。また、フェラーリを試乗するシーンがあって、これはたしかに、盲目の彼が久々にハンドルを握ったうれしさや、ちょっとコメディ的なところもあって良かったのだけれど、正直怖すぎてただ怖いなーとなりました。
 苦学生側に、もうひとつのドラマもあって、結構込み入った話になるのだけれど、最後にはきれいな解決が待っている。
 『ブルー・ジャスミン』
  ウディ・アレン監督。すごかった。びっくりしてしまった。一流のセレブだった女性が、夫の破産と死によって一文無しになって、生活スタイルも男の趣味もまるでちがう異母妹と同居することになる。女性は精神的にも相当来ているのだが、なんとかセレブリティの生活を取り戻そうとして、奮闘するものの、ある種どうにもならないような彼女自身の責任によって、事態は好転しない。合間合間に挿入されるセレブだった過去のシーンは、彼女のさらなる歴史をひもといていく――。
 ウディ・アレン監督がシニカルというか、ひねくれたユーモアの監督だ、というのは、有名だし、私が見たことのある氏の作品『アニー・ホール』『インテリア』からも感じていたけれど、これは特にきついというか、なんともはや、という気分になってしまった。たとえば彼女は生活を取り戻すために、インテリア・コーディネーターの資格を取ろうと決心する。けれど資格の学校に通うのでは生計と両立できないから、パソコンの学校に通って、それからパソコンでインテリアの勉強をしよう、と考えるのである。こういう、やっぱり「ある種どうにもならないような」彼女の姿勢が、彼女の人生全体に漂っていて、そしてそれはラスト・シーンにいたるまで、やっぱりそうなのである。ウディ・アレン監督はそれをじっくり見つめて、面白く、見事に描いていく。良かった。

 読書
 結局『赤頭巾ちゃん気をつけて』の再読をしている。ほかに、コミュニケーション能力の問題を最近感じるので、そういう「話し方」とか「聞き方」みたいな本も読み出した。数年前の私はそういう本てどうなのよーと思っていたのだが、まあ、無駄にはならなさそうだし良いか、という感じで読んでいる。能力が改善されるかは別問題だけれど。

 戸川春のコーナー
 先日お兄さんがお菓子を買う用事があり、一緒に難波の高島屋へ行きました。和菓子のお店だけ、洋菓子のお店だけ、でもたくさんあるし、お兄さんはかなり迷ってうろうろしていました。春は、なんだか滅多に来ていない感丸出しだな、と思って、事実ですがうーむ、でした。
 結局、オススメされていたものなど、数種類買って帰ったのですが、特に、「陸乃宝珠」という和菓子、とても美味しかったです。これは良いものです。みずみずしさでした。


2018年7月15日(日)

  映画
 は全然見られなかった。来週は見ます。

 読書
 太宰治『ヴィヨンの妻』を初めて読んだ。私は太宰治のファンだけれど、作品発表順に読み進める読み方をしているせいで、いわゆる代表作を(まだ)ほとんど読んでいない。かろうじて『人間失格』は中学生のころに読んだ気がするもののあやふやだし、『斜陽』『正義と微笑』『御伽草子』などの作品も未読である。早いうち読みたいな。もちろん、完全に発表順で読んでいるわけではなくて、『きりぎりす』とか『トカトントン』とか、中期や後期も短編はいくつか読んでいるのだが、それにしても不完全なので「太宰治ファン」の人と話すときにはちょっと情けない気持になってしまう。
 図書館でたまたま時間が空いて、『ヴィヨンの妻』を読んだが、本当に良かった。きれいだなあ、と思った。太宰治の小説を読んでいると、話の情景がもやのような、黒い縁取りがついたように、頭の中へ浮んできて、それがいかにも幸せそうに見えてしまう。状況は不幸な作品が多いけれど、でも、みんな「正しく」生きているというか、そうあろうとしている人が必ず描かれているように思えて、そこが私の憧れかもしれない。

 戸川春のコーナー
 お兄さんは部屋を片付けてください。さて、春も太宰治のベタなファンなので、あんまりメジャーではないけれど短くてオススメの作品を挙げますね。良かったらどうぞ。
 『めくら草紙』
 『I can speak』
 『待つ』


2018年7月22日(日)

 締切と課題が重なって時間がなくなりました……。ごめんなさい。26日(木)に今週分は更新いたします。29日(日)は通常通り更新の予定です。


2018年7月26日(木)

 映画
 『猫は抱くもの』
 犬童一心監督。2018年公開の新作で、ムビチケカード(前売券)を買っていたのだけれど、例によって呆けているうちに公開が終わりそうになったので慌てて見に行った。

 元アイドルで現在はスーパーの店員をしている大石沙織(沢尻エリカ)が、自分を人間だと思いこんでいる野良猫ヨシオ(吉沢亮)と過ごす、波瀾万丈なラブストーリーである。舞台劇のようにセットが移り変わったり、テロップもついた沙織の出演番組が差し込まれたり、アニメーションも登場したりと変わった画面作りがされていて、結構めまぐるしかった。ほかにも、台詞の言い方や正面を見据えた演技など、演劇を感じる要素も多く、でも、オープニングの橋のところなど「映画」っぽい映像もあり、全体的にはバランスがとれていて、そんなに違和感はなく見ていられた。良かったです。
 ストーリーは、「猫対人間の恋物語」(吉沢亮は声の出演ではなくて、「猫」を演じている。沙織からはでも猫に見えている、というつくり)で、分かるとか分からないとかいうタイプの話ではなくて、こうだったのです、なるほどね、という感じのもの。私はわりと好きで、ヨシオが窓から沙織の帰宅を見ているところとか、なんか、グッときてしまいました。

 読書
 図書館で恋愛関連の本をいろいろ読んでいる。いや、本当にあの、どうかという感じなのですが、最近よく考えています。そのうち小説にも復帰を。

 そのほか
 ロジャー・ニコルズを聞いたらびっくりするほど渋谷系でした。アズテック・カメラのときも同じ感じでしたが、これもすごい。もちろん渋谷系が、ロジャー・ニコルズやアズテック・カメラを参考にしているのですが。ソフト・ロックもいろいろ聞いてみたいなと思います。

 戸川春のコーナー
 下りの短いエスカレーターで、両脇の手すりを持って身体を持ち上げ、足を離したまま降りる女の子を見ました。危ないといえば危ないのですが、子供は楽しげで、わりとこういうのを見るのは好きです。あと、住宅地の道で水鉄砲で撃ち合っている子供たちも、見て良かったな、と思いました。元気がいちばんです。


2018年8月4日(土)

 映画も見ていないし本も読みかけという感じで、毎日なかなか忙しくて大変です。

 小説の書き出しは大事なもので、もちろん、

 「『完璧な文章などと言ったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。』
 僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向かってそういった。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少なくともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。」(村上春樹『風の歌を聴け』)

 というような、イメージというか、考え事から始まる冒頭も良いものですし、

 「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。」(太宰治『駈込み訴え』)

 という、太宰治が口述筆記させた、語り口調の出だしも素晴らしい気がします。ほかにも「桜の木の下には屍体が埋まっている!」と続きを気にならせたり、「我が輩は猫である。」と猫だったり、「どっどど どどうど どどうど どどう」に至っては、もう風が鳴っているのだ、と感じるしかありません。

 最近、びっくりしたのは、永井荷風の『墨東綺譚』の書き出しで、

 「わたくしは殆ど活動写真を見に行ったことがない。」

 これは、そのままなのに、やられました。とても格好良いと思います。


[日記ログ] [雑文] [古本] [トップページに戻る]
inserted by FC2 system