VIPでテキストサイト 共通テーマ「桜」参加作品

 春のショットガンとかいう名前をつけたからには、「桜」なる共通テーマへ参加するのは義務なのだ、と一人思い込んでいた割には、朝から図書館に二つ行ったりして、積んだままの本が残っているのに新しく本を借りたりして、ああ貸し出し限度がなければいいのに、なんて思っているのだからこれは本当にまぬけでありつつも、読書は無駄にならないのだから、どうであれ本を借りるというのはいい行為なのだと自分を慰め、しかしやるべき勉学をせずに本を読んでいるのはアホではないか、と心の声がし、いや、かつての旧制高校生は、本を読むことで帝大に入る頭を生んだのだ、と聞きかじった知識でそれを打ち消し、元々の頭の質の問題には蓋をしたが、それでも冷ややかな世界からの視線に体がふらつき、支えないと、そう思って寄りかかったのは、ああ、これは桜の木である。

 

 おれが会社の帰り、桜公園に寄ると、一人の老人が酒瓶を片手に立っていた。おれを見た瞬間、妙に驚いた顔をしたが、やがてなにかを受け止めるように、おれをじっと眺めだした。

 おれは老人に、どうしたのか尋ねた。老人は黙って首を振り、おれに酒瓶をつきだした。酒を勧めるつもりらしい。それは、どこか寂しそうにおれを見送った、故郷の父の様子とよく似ていた。

 

 そもそも今日つらつらと文を書いているのも、共通テーマを書こう書こうと思いながら、今まで一行も手をつけなかったことのツケが回ったものであり、その計画性の無さには我ながら呆れたりしたが、よく考えれば、たとえ計画性がなかろうと、今から書こう書こうと努力している点だけは評価されてしかるべきだなどと、調子に乗ったりして、そして一行、たった一行の字数を稼ごうと無駄に無駄に無駄に言葉を増やしたりしてみるが、けれど字数が多くて喜ぶのは、ちょっとした満足感にひたる私だけではないか、そんな風にも思ったものの、でもやっぱり自分が喜べるならいいだろう、結局はそういう文だもの、なんて考える間にも風は吹いて、桶屋は儲かり、私の前に桜花を散らす。

 

 よく見ると、老人はかなり酔っているようだ。おれはこの老人の奇妙な行動に、「酔っ払い」という解を見つけたことで冷めてしまい、立ち去ることにした。

 歩き出すおれを老人が呼び止めた。おれが振り向くと、老人は「春のショットガン」を知っているか、と聞いた。そんな珍妙な名前聞いたことないに決まっている。

 そう答えると、老人は俯いて、ぎこちなく口角を上げた。「わしは若い頃、そんなサイトをやっていた……。そしてそこに、ある未来予測を書いた。それは『桜』というテキストだった……」

 おれはせせら笑った。このグラステン時代に、『サイト』なんて50年も前の言葉が出てきたのがおかしかったのだ。

 「おじいさん、サイトなんてもう消えたんだ。そんな話聞きたかないよ」

 老人はおれを睨んで叫んだ。「君はもう消える。わしは確かテキストに書いた」

 おかしくて、またおれは笑い

 

 


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