図書館


 公民館の2階が図書館だった。ぼくはそこへ行くことにした。返す本があったせいだ。それに妹も着いてきた。妹は借りたい本があるという。

 公民館の2階へ続く階段の壁に、小学生の描いた絵が貼ってあった。この公民館でやっている「こども絵画教室」の作品のようだ。

 「おにいちゃん、このテーブル、天板は上から見て、脚は横から見て描いてあるわ」
 「そういうテーブルなのかもしれない」
 「なるほど」

 その中の、1枚の絵に目がとまった。鯉のぼりの鯉を1匹描いた絵だった。鯉の絵は全部で14枚あったが、その鯉だけ右を向いているのだ。

 「おにいちゃん、14枚の鯉があるわ」
 「うん」
 「ということは、絵画教室の生徒は14人いるのかしらね?」
 「先生も描いたのかもしれないよ」
 「なら13人?」
 「先生は2人いるかもしれないな」
 「なら12人?」
 「早く終わった生徒は2枚描いたかもしれない」
 「もういい」
 「ところでおまえは、この鯉だけ変だと思わないかい?」

 ぼくは例の右を向いた鯉を指さした。

 「変?」
 「うん」
 「そういえばこの鯉だけ向きが違うわね」
 「ああ」
 「ふうん」

 ぼくはそこまで来て、特に話すことがないのに気づいた。それで階段を2段飛ばしに上って、左へ曲がって図書館に入った。ぼくと妹は入り口で分かれ、妹は本を探し、ぼくは本を返すことにした。

 本を返して、それから「げいじゅつ」(これはこども向けの芸術だから「げいじゅつ」なのだ)、「じどうぶんがく」「自然科学」の順番に本棚を見てまわった。「自然科学」の棚にあった、「なるほど分かる生物学」という本を手に取ったが、ちっとも分からなかったので戻した。

 そこへ妹がやってきた。

 「どうしたんだい」
 「あったわ」

 妹がそう言って見せたのは「決定版クッキーの作り方」だった。

 「おまえ、『暫定版クッキーの作り方』は読んだことあるのかい」
 「ないわ」
 「それなのに『決定版』を読んでいいのだろうか」
 「おにいちゃんは『クッキー』を読んでから『決定版』を作る?」
 「いいや」
 「じゃあそういうことよ」

 ぼくはなにも借りないのもつまらないので、「ひこうきのしくみ」を選び、それを借りて帰ることにした。

 帰り道ぼくたちはまた例の階段を通ることになった。妹は「決定版」を読みながら階段を降りたので、こけそうになった。ぼくは並んだ鯉を見ていた。

 「ん?」
 「どうしたの?」
 「鯉が15匹いるんだ」
 「変ね」

 ぼくたちは増えたであろう1匹の鯉を探した。そしてそれは見つからなかった。どの鯉も一度見たことがあるようで、ないようだった。右を向いたあの鯉以外は、みんな似ていて区別がつかない。

 「向きが違うのがあの鯉の『アイデンティティ』だったのね」と妹が言った。
 「違うよ『アイデンティティ』だよ」とぼくは妹の発音を訂正した。

 そして、入り口だった出口から公民館を去った。外は薄暗くなって、風もなんだか冷たい気がした。


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