パン屋


 車線の近くに置かれたバス停で、バスを待っていた。車が通り過ぎる。若い母親と息子が乗っている。押し黙って二人は窓から外を覗く。バス停をちらりと見て、また外へ戻る。私は、ただバスを待っていた。

 バスが来る時間には余裕があった。一つ先のバス停まで歩こうと思った。そこにはパン屋がある。甘いパンを食べながらバスを待つのもいいだろう。そしてそのとおりを想像した。白壁にもたれ、パンを食む――彼は、私でなかった。

 歩く。道は静まっている。さっき響いた犬の鳴き声も消えていた。二羽の小鳥が静かに飛ぶ。やがて、前方にパン屋が見えた。その青い庇は少しくたびれ、白抜き文字の「パン・お菓子」は丸ゴシックだった。

 パン屋の店先に、少女がつったっていた。彼女はパン屋の娘だった。さっきまでしていただろう掃除用具を手にだらりと、力なく握って、空を見ていた。私も空を見る。電線が空を割いている。まっすぐに。

 パンを買って、バス停の前に立った。後ろで少女が掃除を始めた。箒で土埃や枯葉を集める。彼女の気は、まだ空にあった。私は袋を開ける。パンを出す。暖かさに、手に手へ移し替えながら口に運ぶ。

 振り返ったとき、少女は消えていた。掃除が終わったのだろう。道は美しかった。店内をのぞけば、彼女が相変わらずの顔で、レジの前に立っているのが分かった。

 やがて乗り込んだバスには、老人ばかり乗っていた。端の席に座り込んで、外を眺めた。私には若い母親がない。そしてまた、外を眺めた。


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