包丁


 小学生だった。通学路の歩道に、水の流れる溝があった。それのほとんどはフタで覆われていたが、ときどき格子状の金属フタになっているところがあって、そこから溝の中を覗くことができた。といっても、見えるのは苔や雑草ばかりで、雨の日以外は水も流れず、しめりけのある泥ばかりが目立っていた。

 ある日、そこに包丁があるのを知った。刃渡り15センチほどの、銀の刃に黒い柄を持った包丁は、静かに泥の上に寝ていた。

 友人と帰り道を歩いていた私が、格子のすき間にそれを見つけた。驚いて指差すと、友人たちも目を丸くした。溝に包丁なんて普通無いのだから、それも当然だった。

 その包丁の刃先には赤い汚れがあり、私と友人たちはそれが血の色だと信じた。そして殺人を犯した誰かが、証拠の包丁を捨てていったのだ、とも信じたのである。

 それからもずっと包丁は泥の上にあった。私は母に、逃亡した殺人犯とその証拠について話したが、軽くあしらわれただけだった。

 やがて時が過ぎ、私が中学に通いだしたころ、包丁は消えた。もう私は溝を滅多に見なくなっていたから正確にいつ消えたのかは分からなかった。

 それを私はあの友人に伝えた。同じように溝を見なくなっていた彼は、学校の帰り道、覗き込んで「ほんとじゃ」と呟いた。

 「あれ殺人犯の包丁だったんかね?」と私は彼に尋ねた。彼は笑って、「さあ」と言ったきりだった。


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