煙突


 教室で頬杖をついて、中山は煙突を眺めていた。 銭湯のものである。薪で湯沸かしの時代でもあるまいし、煙突がなんのためにそこへあるのか、中山は知らない。「しかし」なのか「だから」なのか、中山はあの煙突が好きであった。

  後ろの席にいた森口が背中をつついた。振り返って彼女の顔を見ると、ばつの悪そうな顔で、前を見ろと指をさした。前を向くと、現文の加藤先生が中山をじっと見ていた。大げさにため息をついて、「お前、煙突と結婚するのか?」と言う。教室が笑った。中山はむっとしたが、後ろで笑っている森口の声をきくと、気が抜けてしまった。
 授業が終わったあと、先生は中山に、昼休み職員室へ来いと言った。森口がまた笑ったので、中山は彼女を軽くはたいた。やがて昼休みになり、仕方なく中山は席を立った。

 職員室は涼しい。もうクーラーを動かしているようだ。中山は近くの事務員に、先生の席を尋ねた。事務員はクリアファイル入りの、席順が書かれたプリントをくれた。それに従って、中山は先生の前に着く。

 「ああ、おまえか」
 黙って中山は頷いた。
 「おまえ、近頃ぼーっとしてるな?」
 「……すみません」
 「まあいい。その代わり、と言ってもあれだが、このノート国語準備室に持って行ってくれないか」
 「ええっ、めんどくさい」
 「文句言わずに働け。俺もあとで行くから、それまでにな」

 中山はしぶしぶ、三十冊くらいのノートをよっと持ち上げて、職員室を出た。国語準備室は建物の三階にある、教材だとか、そんなものを置いておく部屋である。中山は準備室の前を通ったことはあったが、入るのは初めてだった。
 しかし、いきなりノートだなんて、先生は最初から私を働かせるつもりだったな。中山は少し、腹の立つような、おかしいような気持ちがした。

 ドアを引いてみると、準備室の鍵は開いていた。入るとすぐ大きな机が見える。中山が持っていたのは二年四組のノートだったが、他の組のノートも、四組の場所を空けて机へ座っていた。空いた場所を埋めるように、中山はノートを置いた。

 涼しい風を不意に感じて目をやると、小さな窓があった。驚いた。煙突だ。あの煙突がとても近くに見える。校舎の形が影響しているせいか、教室の眺めとは段違いだった。

 ふと気配がして、振り向くと、加藤先生が立っていた。煙突を指して、破顔一笑。


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