永い踊り
 昼休みの食堂で、古いつきあいの橋沢が話しかけて来た。
「なあ、宇宙人はいると思うか」
「さあ、でもお前は宇宙人がいると思っているんだろう」
「ああ」
「それならいるで、いいんじゃないか」
「うん」

 橋沢は黙ってしまった。私はよく分からなかった。橋沢は宇宙ロケットを設計して星々へ行ってみたい、と前に話していた。そして、できれば、宇宙人と会ってみたい、とも言っていた。それが今日は、おかしな様子だった。

「おれはな、宇宙人がいると思えなくなってきたんだ」
「なるほど、そういう可能性はある。人間も含め、地球上の生物は『共通祖先』、つまり一系統、一つの生物から発展してきたという考えがある。地球上にはたくさんの生物がいるように思えるが、元をたどれば一つというわけだ。それを考えると、地球に生物が生まれたのはとても珍しい例なのかもしれない。宇宙人が発生する余地はないのかもしれない」
 私はそこで切って、また続けた。
「だが、宇宙人がいない、ということは、白いカラスはいない、というのと同じく証明できることではないよ。次の星にいるかもしれない、と考えれば『宇宙人がいない』という結論は出せないからな」
「ああ、しかし、そういうことはおれも知っている」
「まあ、本に載っているくらいの話だしな」
「おれが言いたいのはそんなことじゃないんだ」

 橋沢の声が大きくなった。何人かが、こっちを見た。スパゲティを持ち上げたフォークが固まっている人もいた。私は恥ずかしくなって、橋沢も同感だったらしく、それからは二人黙々と昼食をとり、食堂を出て近くのベンチへ移動した。橋沢が口を開いた。

「おれは思うんだが、もし、宇宙のどこまで行っても生命体がいなかったとしたら、例え『次の星にはいるかも』と思えても、人類はその孤独に耐えきれるんだろうか」
「孤独か」
「孤独だ」

 私はそんなこと、考えたことがなかった。
「地球上の生物さえ、まだ数万種が見つかっていないらしい。外が駄目なら中を調べる手もあるぞ」
「それはそうだが」
 と橋沢は応えて、黙った。

 そう思うとまた喋り出す。
「地球上で核戦争が起きたらどうなる」
「考えにくいが、実際にそうなれば、人間は相当減るだろうな」
「よし、例えばほとんどが滅亡して、ある一人のみが生き残るとしよう」
「偶然地下倉庫に行っていた、のパターンだ」
「そのとき、彼は孤独感にさいなまれはしないだろうか」
「それはさいなまれるだろう」
「いくら、放射能に耐える生物が一部生き延びていたとしても、人間は彼一人だ。いくら書籍やビデオテープが残っていたとしても、彼は一人のままだ」
「ああ」
「おれは、それが現在の宇宙にも考えられないか、と思うんだよ」

 橋沢は遠くを見た。共通講義棟のあたりだった。
「過去に宇宙で大戦争があって、生き残ったのは地球の人類のみだということか」と私は言った。
「まあそこまで行くと妄想だがな、だが、それに近い気がするんだ。人類はいずれ、いくら人間がいても、知的生命体という宇宙に一つだけのものとして、孤独感に苛まれるんじゃないだろうか」

 私は黙って、橋沢の話を聞いていた。なぜこんな話をするんだろう、と思う。

「地球最後の一人になった男は、どうしたと思う」
 突然、橋沢が尋ねた。
「お前は、自殺した、と言わせたいのかもしれないな。だが、そうではないだろう。それでも生きていったはずだ」
 私は付け加える。
「そうするしか、なかったに違いない」
「そうするしか、か」
「ああ」

 橋沢は沈黙した。私ももう、なにも言わなかった。孤独であっても、人類は生きていくだろう。それが誰に見られることのない踊りであったとしても。

 宇宙にたった一つの地球と言う星で、私たちは、なにをするのだろうか。


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