お母さんが鬼のように怒るんだ、と子どもが言うのを聞いて、私は不思議に思った。なにしろその子は自分から鬼を見たことがあるとこぼしたからである。鬼のように、は鬼を知って初めて言えるせりふに違いなく、それならきっとその子は鬼を見たことがあるのだろう。

 子どもは反論した。ぼくは鬼なんか知らないよ。「アニメや絵本の中で、お母さんが角を生やして怒る表現技法がありて、われ、そのことを言いたまひし。あなおかし」。こんな子どもがいたらなにかいやであるが、まあ、そういうことである。子どもが言っていたのは「鬼のよう」であって本当の「鬼」ではない、のである。

 「鬼のよう」なら私もなじみが深い。「鬼の目にも涙」「鬼教師」「渡る世間に鬼はなし」「鬼嫁」、皆「鬼のよう」である。ちっとも本当の鬼ではない。節分のとき「鬼だぞお」とお面をつけて現れる存在と同じである。これは怪しい。豆を食っていたりするし。一度本当の鬼に会ってみたいものである。

 鬼は特徴的な姿をしているから、おそらくひっそりと地下道や山奥に身を潜めて暮らしているのだろう。そういえば雷様も鬼の姿だが、すみかは雲の上である。会うには鬼籍に入るしかない。
 昔話でも「泣いた赤鬼」は村はずれに住んでいたし、「桃太郎」では島に固まって住んでいた。「こぶとりじいさん」では森の奥で酒盛りをしていた。どうも鬼を探すには、なんとかして足を伸ばさなければいけないらしい。子どもが言う。昔から言うでしょ、「鬼は外、ふくらはぎ」。


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