頭を覆う
 頭の中が一つの言葉に覆われることがある。「おかねおかねおかねおかね」とか、そういうことではない。「イ」でもない。私はテレビではない。
 成る丈正確に言い表すなら、「腹減った」や「暑いなあ」の思考に揉まれながら、言葉「うに」が嵐のごとく轟き、主張している、という具合である。

 以前は「杉並区」がそうであった。日記を、テキストを書こうとすると「なに書こう」「それ杉並区」と合いの手風に叫ばれていた。私は生まれてこの方ずっと広島にいるし、東京を訪ねたことこそあれ、杉並区がどこにあるのかも分からないのに、そうだったのである。これくらい迷惑なこともない。「杉が、あるんだろうなあ」と考えているときに、なにかいやな気分になったものだ。

 あるときは「殷周秦漢」が頭を支配した。これは中国の歴代四王朝の名前で、「殷」「周」「秦」「漢」の四か国のことである。中国四国とも言う。このときも困った。杉並区とまったく同じ困り方である。なにか書くときに「殷周秦漢」が頭に浮かび、浮かんだので書いてみると「因習新歓」にしか変換されない。これも幾度か繰り返した。

 そんな流れを通りぬけ、今もっぱらの流行は(冒頭にも書いたが)「うに」である。ネットでよく見る「そっと背中に うに」の画像を見て「面白」と感じてしまったのが原因らしいが、だからと言って許容できるわけではない。「今回のオチは」「うに」と言っても駄目だろう。うには天丼にならないのである。

 が、「うに」を拒否していると、今度は「かに」が頭に浮かび始めた。浮かぶはおろか、家で一人になると壁に向かって「かにー」と自然に言ってしまったりもする。これは不味い。いや今はいい。もし家族に向けて言ってしまったら。休日のショッピングモールで叫んでしまったら。


 そのときは杉並区まで逃げるしかない。


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