パッチン
 拍手から指笛まで、手は様々な音を出すことができる。ぽんぽん、と池の鯉を呼んだことのある人も多いだろう。私はない。まったくない。これほどもない。ともあれ、そんな音の中に「指パッチン」と称される音がある。
 私は、それが出来なかった。どういう仕組みか分からなかったのだ。家族に鳴らせる人はおらず、ノット指パッチンの道に拍車がかかっていた。もっとも、鳴らせなくて困るわけでもないから、「指パッチンなんかできなくてもいいや」と昔は笑っていたのである。

 転機が訪れたのは、中学校のときの席替えであった。私の隣になった岸本は指パッチンの名手、よくパチンパチンと響かせていたのだ。私は再び、あの指パッチンへの憧憬を思い出し、気がつけば声をかけていたのである。

「なあ、その指パッチンてどうするん」
「これ?」
「それそれ」
「親指と中指をこうやって、パンって」
「おおっ!」

 衝撃が走った。デカルチャーだ。それまで私は音の硬い響きから、勝手に爪がからむのではないか、と予想していたが、それが間違いであるのも分かった。更に、岸本は止まらなかった。

「こういうのも、まあ」
(両手で同時にパチパッチン)
「ええっ!?」

  私は初めてサーカスに連れて行かれた少年であった。ゆあーんゆよーんゆやゆよん、である。そしてその日から、授業もそっちのけで指パッチン界への参入を試みた。指と指を、こうやって、パチン。最初の頃は勢いがなく、カスッと滑るような音しか出なかったが「諦める」という選択肢は存在しない。私の細かな相談にも岸本は対応してくれた。やがて、その日が訪れた。

『パチン』
「!?」
『パチン』
「お、おうっ、岸本、できたわ!」
「おおーついにか!」

 私たちは肩に手をかけ、喜びを共有しようとした。授業中だったので、やめたけれど。でもそれから私は大喜びで、三日ほど馬鹿のようにパチンパチンとやっていた。それくらいに嬉しかったのである。

 こうして、私はノット指パッチンの道からの脱出に成功した。最近はネットでやり方を覚える人もありそうであるが、「岸本に教えてもらう」経験には代えがたい良さがあったと思う。ありがとう、岸本。パッチンパチン。


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