団地で迷子
 中学生のとき、野外活動があった。そこからの帰りである。私は普段から親しくしていた友人二人と団地の中の道を歩いていた。仮に佐藤と安田としておこう。

 しばらくした頃、佐藤がある脇道を見つけた。佐藤は「これ絶対近道じゃろ」と言うのである。しかしその頃から小林少年と真逆のテンションで生きてきた私は、「そんなんいいけえ」と一蹴した。それからである。佐藤は次第に不機嫌になりはじめた。言葉の端々に、「あのとき近道を通っていれば」という雰囲気を滲ませるのである。

「あーあ。いつもの道か……」
「(『歩くの疲れたな』発言に対し)うん、まあこれ、いつもの道じゃけえ」
「(脇道を通っていった、別の友人を挙げて)あいつら、もう家に着いとるんじゃない」

 少し、焦った。険悪なムードは勘弁したい。ただでさえ疲れはじめた我々に、こういうムードは危ないのである。アクション映画を思い出してほしいが、不満を言い出したやつは大抵死ぬ。私は佐藤に死んでほしくない。佐藤は確かに話も単調であるし、知ったかぶりも多く、ラノベを参考にしたであろうユーモアはいかんともしがたい。しかし倒れるのは勘弁である。私は監督責任を問われたくはない。

 私はふと団地に分かれ道を見つけた。そうだ、この道へ進んでみれば、佐藤の「近道を行きたかった」欲も、「本来と違う道を通る」という形で解消されるのではないか。チャンスである。
「あっここ、変な道あるじゃん、行ってみん」
 我ながら小芝居である。「あっ」である。わざとらしさも極まった。しかし佐藤は乗ってきた。「よし!」とか言っている。安田(読者諸兄が忘れていないか心配だ、こいつは無口なのである)も賛成した。かくて我々は団地の分かれ道を歩み始めた。流石に初めての景色である。予想通り、佐藤も笑顔になった。私はなんとか死亡フラグを回避した思いであった。

 しかし、である。気づけば我々は団地の頂上にいた。はるか眼下に戻るべき帰り道があった。分かれ道って、こんなところにつながっているんですね、はい。などと言っている場合ではない。どうやってあの帰り道へ戻るのか、それすら分からないのである。

 我々は団地の中をさまよった。佐藤と安田に「片手を壁から離さなければ、必ず迷路を脱出できる」という豆知識を私は披露したが場の空気を悪化させただけであった。会話は減り、ただ家に帰りたいとの気持だけで、必死に足を進めていた。時が、流れた。
 「あっ! あれ」。私は叫んだ。今度は芝居ではない。見覚えある床屋の看板を発見したのだ。それは、ジャングルの奥地で救助隊のヘリコプターを見つけたような気分である。その看板を頼りにして、なんとか家に繋がる道へたどり着くことが出来た。

 私は佐藤と笑顔を交わし、ついでに唯一お金を持っていた安田に「喉渇いたね」とジュースを買わせようとした。彼は取り合わなかった。いや、持っていたのが百円だけだったのである。

 ともあれ、こうして我々は家路につくことに成功した。二人にさよならを言って、私は家へ帰り、昨日からテーブルに置かれっぱなしのぬるい麦茶を一息に飲んだ。夏も盛りの午後であった。


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