せんす
 小学校のころだったか、「SCENE」という英語が読めず、センスと言って母に笑われたのを覚えている。これを死ねとか読んでいたら、コナンではないが母が自殺するところであった。笑えない話である。しーん。

 そんなことはどうでもいい。とりあえず加藤の話をしたい。加藤は私の友人で、若い彼女がいる。ここで加藤の名前が「茶」ではないかと疑うむきがあるかもしれないが、そうではない。英文と思った人はマニアである。

 とにかくその加藤に「センスがない」と私は言ってしまった。きっかけは服である。その日、私とカルトな成人映画を見る約束をした加藤は、待ち合わせに遅れたあげく、青緑のシャツにピンクのズボンといういでたちでやってきた。遅刻に腹が立ったうえ、その珍妙な格好を目にした私は、 思わず「センスがない」と言ってしまったのだった。加藤は気にもせず悠々とハンカチを取りだし汗をふいた。それも黄色である。「いわゆる幸せの黄色いハンカチですねん」と加藤は言った。私はため息をついた。これでは「センスがない」と言われても仕方があるまい。第一、加藤は島根出身である。

 ハンカチをポケットにかえし、加藤はまたポケットをまさぐりだした。いやな予感がする。加藤は言った。「これがセンスや」。手にはもちろん扇子である。ああ、こんな安易が許されていいのだろうか。センスで扇子というのは、それはもう小学生から普段冗談を言わない寡黙なお父さんまで口にするギャグである。あのときの空気をどうすればいいのだ。母もテレビの話題でごまかすな。

 やがて、我々は映画を見終わった。続けてスプラッター映画が始まる。私は帰ろうと思ったが、加藤が「これも見ておこう、と俺の意思は言っている。センスと意思で、潜水士やな」と言うので何もする気がなくなり、それを見た。加藤は潜水士が言いたかっただけらしく、映画が終わったころには顔面蒼白である。

 そんな彼を見た私は、どこかこの間抜けをおもしろがって、「くだらないことばっかり言ってるといかんなあ」と口にしてしまった。加藤は「いかん」と聞いた瞬間、目を光らせた。こういうやつに限ってめざといところがある。ハッとする私を尻目に、加藤は「イエローサブマリン」を歌い出した。しかも音頭。コブシのきかせ方が堂に入っている。そんなものは堂にずっと入れておいてほしい。

 歌い終えた加藤は「いわゆるセンス・いかん! ちゅうやつやな」と予想通り言った。私はくらくらした。これはセンス以上の問題なのではないか。呆れ果てる私に、突然加藤は、「カレー食べに行こう」と繰り返すのだった。

 カレー屋に座り、「なんで急にカレーを?」と私は聞いた。加藤は笑って、
「まず成人映画、次がスプラッターやろ、そして」
 さっき出たナンを指さす。
「エロ・グロ・ナン・センスやねん」


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